東京高等裁判所 平成8年(行ケ)195号 判決 1999年1月28日
スイス国
バーゼル・グレンツァーヘルストラッセ124
原告
エフ ホフマンープ ロシュ アーゲー
代表者
フリドリン クラウスナー
同
マンフレッド・アーガスト
訴訟代理人弁理士
浅村皓
小池恒明
木川幸治
長沼暉夫
岩井秀生
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
佐伯裕子
田中倫子
後藤千恵子
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が平成5年審判第23697号事件について平成8年4月9日にした審決を取り消す。」との判決
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1979年7月31日及び1980年3月14日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和55年7月30日にした特許出願(特願昭55-103793号)の一部を、平成1年10月5日、特許法44条1項に基づき、名称を「ヒトの線維芽細胞インタフェロン含有医薬組成物」とする新たな特許出願とした(特願平1-258989号、平成2年5月28日出願公開、特開平2-138226号。本件出願)。
本件出願につき、平成5年8月20日拒絶査定があったので、原告は平成5年12月20日審判請求をし、平成5年審判第23697号として審理されたが、出訴期間として90日が付加された上、平成8年4月9日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、審決謄本は平成8年5月13日原告に送達された。
2 本願発明の要旨(平成4年9月17日付け手続補正書(本訴甲第3号証)により補正された明細書における特許請求の範囲に記載のもの。(1)、(2)、(3)の符号は本訴の当事者の主張において便宜付された。)
「(1)(a) 約4×108単位mgタンパクの比活性を有し、かつ
(b) ドデシル硫酸ナトリウムを含まない、有効量のヒト線維芽細胞インターフェロンと
(2) 慣用の医薬として使用できる非経口投与用担体物質とからなることを特徴とする
(3) ウィルスおよび新生物疾患の処置のための非経口投与医薬組成物。」
3 審決の理由の要点
3-1 本願発明の要旨は、前項のとおりと認める。
3-2 先願明細書
これに対し、本件出願日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭53-137035号(特開昭55-64799号公報参照)の願書に最初に添付した明細書(先願明細書。甲第4号証)には、ヒトセンイ芽細胞由来インターフェロンの多段濃縮精製法に関する発明(先願発明)が記載され、その記載内容は次の事項である。
(1) インターフェロンは、ウィルス性疾患例えば、B型肝炎、ヘルペス、インフルエンザ等の治療薬又は予防薬として、さらに骨肉腫、白血病その他の抗ガン剤としても期待されている。(3頁4~8行。頁数は、公報に写された明細書そのものに付されたもの)
(2) 実施例一1
この粗F-IF(判決注)溶液のインターフェロン活性は、3,200IU/mlで蛋白質を約0.02mg/ml含有した。この比活性は1.6×105U/mg-蛋白質である。この粗F-IF溶液60l(総インターフェロン活性192×106単位)を200mlのSP-セファデックスカラム(内径4.6cm)に通液した後、水2lでカラムを洗滌した。SP-セファデックスカラムの素通り液及び水洗液中の活性は9.5×106単位(5%)であった。
(判決注) 先願明細書では、ヒト二倍体センイ芽細胞由来インターフェロンを「F-IF」と表記している。先願明細書(甲第4号証4頁7、8行)参照。
次にこのカラムにpH8.3の0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液を通液したところ、溶出液2.28l中に総インターフェロン活性180×106単位(94%)、8万IU/mlの活性と蛋白質約0.01mg/ml(総蛋白質量23mg)が含まれていた。また比活性は約8×106U/mg蛋白質であり、出発粗IFから約60倍精製された。
次にこのSP-セファデックスからの回収液2.28lを参考例1の方法で調製した45mlの亜鉛キレート担体カラム(内径3cm)に通液した後、生理食塩水0.8lでカラムを洗浄した。このカラムの素通り液及び洗浄液中のインターフェロン活性は8×106単位(4%)であった。次にこのカラムに0.1Mリン酸-ナトリウムー生理食塩水(1:9)から成るpH4.5の緩衝液を通液したところ、流出液262ml中に139×106単位(72%)のインターフェロン活性が含まれていた。この溶液のインターフェロン活性は53万IU/mlで、蛋白質含量は、0.002mg/ml以下(総蛋白質含量0.52mg以下)であった。このF-IFの比活性は2.7×108U/mg-蛋白質以上であり、出発材料の粗IFに比べて約1,700倍精製された。またインターフェロン活性は166倍に濃縮された(17頁3行~18頁下から4行)。
(3) 実施例一2
実施例一1と同様の粗F-IF溶液10lを出発原料とした。この粗F-IF溶液のインターフェロン活性は、5,000IU/ml(総活性5×107単位)で比活性は2.5×105U/mg-蛋白質であった。この粗F-IF溶液10lを50mlのSP-セファデックスカラム(内径3cm)に通液した後、pH2の0.15M塩化ナトリウムー塩酸緩衝液200lと水50mlでカラムを洗浄した。このカラムの素通り液と洗浄液と洗浄液中にインターフェロン活性5×106単位(10%)が合まれていた。次にこのカラムにpH8.3の0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液300mlを通液すると同時に、このカラム出口にpH調製セルを設け、初期の流出液で酸性pHの溶液をpH7.5以上を保つようにpH8.3の0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液を添加しつつ、連続的に15mlの亜鉛キレート担体カラム(内径2cm)に通液した。次に亜鉛キレート担体キレートカラムをpH8.3の0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液50mlと生理食塩水20mlで洗浄した。このカラムの素通り液及び洗浄液中のインターフェロン活性は、2.6×106単位(5%)であった。
次にこのカラムに0.1Mリン酸-ナトリウムー生理食塩水(1:9)から成るpH4.5の緩衝液を通液したところ、インターフェロン活性80万IU/mlでかつ蛋白質含量0.002mg/ml以下の溶液50ml(総インターフェロン活性4×107単位、収量80%)を得た。この溶液中のインターフェロン比活性は4×108U/mg-蛋白質以上で、出発粗F-IFから1,600倍精製された。またインターフェロン活性は160倍濃縮された(18頁下から3行~20頁10行)。
3-3 審決における本願発明と先願発明との対比
先願明細書に記載された精製方法はその工程中、ドデシル硫酸ナトリウムを使用していないものであるから、精製物にドデシル硫酸が含まれないことが明らかであること、上記摘示事項(2)及び(3)にF-IFの比活性がそれぞれ蛋白質1mg当たり2.7×108U/mg蛋白質及び4×108U/mg蛋白質以上と記載されていること、及びサイトカインの比活性は原告が認めるように通常測定上誤差があるものであり、原告が提出した実験成績証明書(甲第7号証の3)によれば、本願発明のヒト線維芽細胞インターフェロンは2.5×108単位/mgであることから、上記の2つの比活性の数値は約4×108単位/mgに相当するものと認められ、本願発明と先願発明とは約4×108単位/mg蛋白質の比活性を有し、かつドデシル硫酸ナトリウムを含まない、ヒト線維芽細胞インターフェロンである点で一致し、本願発明は上記ヒト線維芽細胞インターフエロンと非経口投与用担体物質とから成るウィルス及び新生物疾患の処置のための非経口投与医薬組成物であるのに対し、先願明細書に記載されたものは3-2(1)に摘示したようにウィルス性疾患の治療薬又は予防薬として、さらに抗ガン剤として期待されていると記載されている点で一応相違しているものと認められる。
3-4 相違点についてした審決の判断(項番号は本判決で便宜付したもの)
(1) 先願明細書には線維芽細胞インターフエロンの用途について上記3-2(1)に「ウィルス性疾患……期待される。」と記載されているが、先願の出願当時において、ヒト線維芽細胞インターフェロンの注射薬が周知であること(Cancer Treatment Reports Vol.62,No.11,Nov.1978,p1899~1906及びGut.1978,19,p91-94参照)を考慮すると、注射薬には非経口用担体物質を含有することは明らかであるから、ヒト線維芽細胞インターフェロンと慣用の医薬として使用できる非経口投与用担体物質とから成るウィルス及び新生物疾患の処置のための非経口投与医薬組成物は開示されているものと認められる。事実、本願明細書(甲第2号証)に記載されている抗ウィルス剤及び制癌剤(新生物疾患)の非経口投与用医薬組成物は、「本発明は、均質なタンパク質としてのヒトの線維芽細胞インターフェロンを含む医薬組成物に関する。」(2頁)、「インターフェロン類は抗ウィルス活性、制癌活性、生長阻止活性および腫瘍抑制活性を示した。これらの活性は、ヒトのインターフェロンが1%より少ない比較的粗製の製剤を用いて1~10×106単位/日を用いる臨床レベルにおいてさえ得られた。本発明の精製された均質なヒトの線維芽細胞インターフェロンは、従来用いられた粗製の製剤と同じ方法で投与量を調製して望む等価レベルのインターフェロン単位を与えるようにして使用することができる。」(16頁14行~17頁3行)及び「例5、「均質なヒト線維芽細胞インターフェロンを用いる非経口投与形態」と題して、「合計1.5mgの4×108単位/mgの比活性を有する均質なヒト線維芽細胞インターフェロンを、25mlの5%の正常なヒト血清アルブミン中に溶かす。この溶液を細菌学的フィルターに通し、次いで100個の小ビン中に無菌的に分割する。各小ビンは非経口的投与に適当な6×106単位の純粋なインターフェロンを含有する。これらの小ビンは使用前冷(-20℃)所に貯蔵することが好ましい。」と記載され(42頁9行~43頁2行)、慣用技術の範囲内の医薬組成物に関するものと認められる。
(2) なお、原告は、先願明細書の記載を指摘し、さらに実験成績証明書及び米国特許第4、257、938号明細書(甲第7号証の2)を提出して、先願明細書に記載されているヒト線維芽細胞インタフェロンは不純なものであって、比活性は106単位/mg蛋白質程度のものである旨主張しているので、この点を以下に検討する。
a 先願明細書の記載について
原告の指摘する先願明細書の記載は「現在のところF-IFが純品として単離されている確証は未だ無いが、純品としての生物学的活性は蛋白質1mg当り109Uと言われている。」(5頁11~14行))、「この結果、単独では精製度または処理容量と操作性に欠点を有し、高純度かつ高濃度のF-IFを得ることのできなかったSP-セファデックスクロマトグラフィーと亜鉛キレート親和性クロマトグラフィーを組合せた多段濃縮精製法により、高純度、高濃度のF-IFを高収率で得ることが可能となり、本発明を完成したものである。」(12頁10~16行)及び「このF-IFの比活性は2.7×108U/mg-蛋白質以上であり、」(18頁下から7~6行)であるが、これらの記載はSP-セファデックス又は亜鉛キレートクロマトグラフィー単独での精製では精製度が劣ることや両クロマトグラフィーを組み合わせた精製方法では得たF-IFが純品であることを確認していないことを記載しているのであって、先願明細書に記載された比活性の値を否認するものとは認められない。
b 米国特許について
原告の指摘する7欄29~34行にはSP-セファデックスクロマトグラフィーによっては夾雑蛋白質及び発熱物質が完全には除去されないことは記載されているが、それに続いて上記夾雑蛋白質及び発熱物質は金属キレートクロマトグラフィー中で除かれ、注射可能なインターフェロン製剤が得られると記載されており、これら不純物が両クロマトグラフィーを組み合わせることで除かれることが記載されているものと認められる。事実、その実施例1で得られたインターフエロン(比活性2.7×108IU/mg)を3匹のウサギに静脈注射して、体温上昇合計が0.63℃であることが記載されており、日本薬局方では、この程度の体温上昇は発熱物質が陰性であると判定されている。
したがって、この米国特許明細書の記載は先願明細書の記載を否定するものとは認められない。
c 実験成績証明書について
先願明細書に記載された方法でヒト線維芽細胞インターフェロン溶液を精製した統計学的考慮が加味された実験方法について、原告の社内の研究者であるアルビン S.スターンの実験成績証明書には以下のように記載されている。
細胞上清(2.4l:タンパク質91.3mg、βインターフェロン 6.4単位×106単位)に6MHClをかえて酸性化し、pH2.1とした。このサンプルをSP-セファデックスG-25カラム(1cm×10.5cm)に流速30ml/時で加え、このカラムを水80ml及び0.1Mリン酸ナトリウム、pH8.3、200mlで順次洗浄した。カラムフラクションのβ-インターフェロン活性を測定したところ、リン酸ナトリウム洗液中にすべてのβ-インターフェロン活性を有するフラクションを集め(96ml、6.4×106単位、タンパク質16.3mg)、2mlの亜鉛キレートカラム(0.1Mリン酸ナトリウムで平衡化、pH8.3)に流速8ml/時で加えた。このカラムを水20ml、リン酸緩衝塩溶液20ml及び0.2Mヒスチジン含有0.2MNacl20ml、pH8.0で順次洗浄した。最終洗液からのフラクションを集め(15ml)、β-インターフエロン活性を測定した。このサンプルは7.7×105単位でタンパク質0.65mgを含有した。得られたインターフェロン活性は、カラムに加えた全活性の10%であった。
実験結果を示す第1表は次のとおりである。
特開昭55-64799号公報の方法
サンプル タンパク質 単位 比活性
(MG) (×106)(単位/MG)
培養上清 91.3 6.4 7×104
SP-セファデックス 16.3 6.4 3.9×105
亜鉛キレート 0.7 0.8 1.1×106
アルビン S.スターンはこの実験を先願明細書の方法の実験として証明しているが、上記3-2の(3)に記載されている先願発明の実施例1の記載とを比較すると、両精製方法はSP-セファデックスカラムクロマトグラフィー工程で、溶離液を含めてその処理条件はほぼ一致しているものの、亜鉛キレートカラムクロマトグラフィー工程では、実験成績証明書では最終洗液からのフラクションを集め、β-インターフェロン活性を測定したと記載されていることから、最終洗液である0.2Mヒスチジン含有0.2MNacl、pH8.0溶液が、溶離液に相当するものと認められるのに対して、先願明細書のものは0.1Mリン酸-ナトリウムー生理食塩水(1:9)から成るpH4.5の緩衝液が溶離液であって、明らかに溶離液などの純理条件が異なっている。カラムクロマトグラフィーでは溶離液やpHなどの処理条件が異なると、通常、流出する成分が異なることが考えられるから、このヒト線維芽細胞インターフェロンの非活性が1.1×106単位/mgという実験結果をもって、先願明細書の実験結果であるヒト線維芽細胞インターフェロンの比活性(約5×108、2.7×108、又は4×108単位/mg蛋白質)を否定できるものとは認められない。
以上のとおりであるから、上記の原告の主張はいずれも採用できない。
3-5 したがって、本願発明は、先願発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本件出願人と同一であるとも認められないので、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。
第3 当事者の主張
1 原告主張の審決取消事由
審決が認定した先願明細書の記載、本願発明と先願発明との間の一致点及び相違点は認める(ただし、一致点の認定中「本願発明と先願発明とは約4×108単位/mg蛋白質の比活性を有し」との部分は、明細書の記載の上では認めるが、実質上も一致することまで認める趣旨ではない。)が、相違点についてした審決の判断は争う。
審決は、先願明細書が、本願発明で規定するような非経口投与医薬組成物を開示していないのに、これが開示されているとした点で相違点に関する判断を誤り(取消事由1)、また、先願明細書では均質なヒト線維芽細胞インターフェロンは得られていないのにこれが得られているとした点で一致点の認定、判断に実質的な誤りがある(取消事由2)から、取り消されるべきである。
1-1 取消事由1(非経口投与医薬組成物について)
先願明細書には、「ウィルス性疾患例えば、……、白血病その他の抗ガン剤としても期待されている。」(甲第4号証3頁4~8行)と記載されているだけであり、本願発明のような「非経口投与医薬組成物」は開示されていない。
したがって、仮に審決が認定するように、先願の出願当時において、ヒト線維芽細胞インターフェロンの注射薬が周知であるとしても、「ヒト線維芽細胞インターフェロンと……非経口投与医薬組成物は開示されているものと認められる」とした審決の認定は誤りである。なお、「注射薬には非経口用担体物質を含有することは明らか」だとした審決の認定部分は認める。
1-2 取消事由2(インターフェロンの均質性について)
本願発明の優先権主張日当時、比活性(甲第8号証「岩波理化学辞典第4版」参照)と均質性(甲第9号証「化学大辞典」参照)は、別個の概念として理解されているところ、本願発明では、約4×108単位/mg蛋白質の比活性値が、極限の一定値(上記甲第8号証、甲第10号証「生化学辞典第2版」参照)であることを発見し、そして、この極限値の比活性約4×108単位/mg蛋白質を有するヒト線維芽細胞インターフェロンが、均質であることを初めて確証した。このことは、甲第11号証「最近の化学工学37バイオテクノロジー」46~47頁の記載、及び、甲第12号証「現代化学・増刊18『サイトカィン・免疫応答および細胞の増殖・分化因子』」119頁右欄最下行~120頁1行と120頁右欄最下段の記載からも明らかである。
これに対し、先願発明においては、比活性:4×108単位/mgを有し、がつ、「均質」なヒト線維芽細胞インターフェロンは得られていない。そして、均質なヒト線維芽細胞インターフェロンは、ほぼ純粋なインターフェロンでもあり、このことは、本願発明において、要件(a)及び要件(b)によって規定されている。
以上のとおり、先願発明においては、本願発明のような約4×108単位/mg蛋白質の比活性という値で表され、かつ、均質な(本願明細書=甲第2号証16頁4~7行目参照)ヒト線維芽細胞インターフェロンは得られていないのに、これが得られているとしたが(一致点の認定中「本願発明と先願発明とは約4×108単位/mg蛋白質の比活性を有し」との部分、及び、審決の判断3-4(2)の部分)、誤りである。
2 取消事由に対する被告の主張
2-1 取消事由1に対して
本願明細書には、「例5、均質なヒト線維芽細胞インターフェロンを用いる非経口投与形態」として、有効量、投与方法、製剤化のための事項は記載されているが、医薬発明(用途発明)が成立するために必須の、臨床実験若しくは臨床実験に替わる動物実験や試験管内実験により裏付けられる薬理効果及び急性毒性試験は記載されていない。本願発明は、この前提の下において、その優先権主張日当時における周知事項及び技術常識に基づき、「非経口医薬組成物」の発明として完成していると判断すべきである。
先願明細書には、「非経口投与医薬組成物」に係る具体的な記載はないが、先願明細書の記載(甲第4号証3頁4~8行、及び4頁6行~5頁8行)と、先願発明の出願当時のヒト線維芽細胞インターフェロンに係る技術常識及び技術水準を併せ考えれば、本願発明の場合と同様に、先願明細書には、ヒト線維芽細胞インターフェロンを有効量含む非経口投与医薬組成物が実質的に記載されているといえる。審決のした判断に誤りはない。
2-2 取消事由2に対して
先願発明において、比活性:4×108単位/mgを有し、かつ、均質なヒト線維芽細胞インターフェロンは得られていないとする原告の主張は争う。ただし、構成要件(1)の(a)及び(b)で規定される本願発明のヒト線維芽細胞インターフェロンは、均質であることを要件とするものではない。
第4 当裁判所の判断
1 審決が認定した先願明細書の記載、本願発明と先願発明との間の一致点(ただし、そのうち「本願発明と先願発明とは約4×108単位/mg蛋白質の比活性を有し」との部分が、明細書の記載上はともかく、実質上も一致するかどうかの点はしばらくおく。)及び相違点の認定については、原告も認めているところである。
2 原告は、審決取消事由1として、本願発明と先願発明との間の相違点の判断の誤りをまず主張するが、取消事由2として、審決のした一致点の認定、判断に実質的な誤りがあると主張するので、取消事由2について先に判断する。
3 取消事由2(インターフェロンの均質性)についての判断
(1) まず、本願発明の要旨のとおり、本願発明のインターフェロンが備えるべき「均質性」若しくは「純粋性」の程度は、本願発明においても規定されていない。
すなわち、本願発明の構成からみれば、「均質性」若しくは「純粋性」の程度にかかわらず、本願発明の要件(a)及び要件(b)を充足するインターフェロンであれば、本願発明の構成要件(ヒト線維芽細胞インターフェロン)となり得るものであり、本願発明のインターフェロンと先願明細書記載実施例2のインターフェロンとの対比において、「均質性」若しくは「純粋性」の程度の異同は、本願発明の構成からみて区別されるものではない。
したがって、本願発明のインターフェロンは、夾雑物を含まないほぼ純粋でかつ均質なヒト線維芽細胞インターフェロンであるとする原告の主張は、発明の要旨に基づかないものであって、採用することができない。
(2) なお、本願発明のインターフェロンの性状について、本願発明のインターフェロンは、発明の詳細な説明の記載を参酌することにより、「均質なもの」若しくは「ほぼ純粋なもの」に限られると解すべきか否かについてみるに、ヒト線維芽細胞インターフェロンは、生化学的性質を有する物質として、その概念が明確なものであるところ、当該インターフェロンにつき、本願発明が特許請求の範囲において(a)すなわち生化学的性質及び(b)すなわち物質状態の要件を規定しているのであるから、生化学的性質を有する物質としての本願発明のインターフェロンの概念は、更に明確になっているものといえる。
本願発明は、基本的には、活性成分の「ヒト線維芽細胞インターフェロン」と、担体成分の「非経口投与用担体物質」の二成分から成るものであるところ、活性成分の「ヒト線維芽細胞インターフェロン」は、本願発明のインターフェロンであり、その概念は、上記のように明確であるならば、本願発明の非経口投与医薬組成物としての技術思想も明確であることは明らかである。
したがって、本願発明のインターフェロンの性状については、発明の詳細な説明の記載を参酌するまでもなく、本願発明の特許請求の範囲自体から、本願発明のインターフェロンが「均質なもの」若しくは「ほぼ純粋なもの」に限られ、「均質でないもの」若しくは「ほぼ純粋でないもの」が排除されていると解すべき理由はない。
(3) 次に、本願発明のインターフェロンの要件(a)でいう「比活性4×108単位/mg」が、原告の主張するように「均質」若しくは「ほぼ純粋」を意味するか否かについて、発明の詳細な説明の記載あるいは一般に比活性が指標として意味するところに照らして以下に検討してみる。
(3)-1 比活性とは、精製度若しくは純度を示す指標であるものと認められる(甲第8号証「岩波理化学辞典第4版」1020頁左欄「比活性」の項、及び、甲第10号証「生化学辞典第2版」1030頁右欄「比活性」の項参照。なお、両者とも本願発明の優先権主張日より後の発行のものであるが、その当時においては別の指標であったことを認めるべき証拠はない。)。したがって、本願発明のインターフェロンの比活性4×108単位/mgは、少なくとも、本願発明のインターフェロンは、当該比活性値を呈する所要の精製度若しくは純度にまで精製されていることを意味するものということはいえるが、精製の結果、「均質」若しくは「ほぼ純粋」な状態に至っていることまでを当然に意味するものでないということができる。
そうすると、本願発明の(a)の要件である「比活性4×108単位/mg」のみをもって、「均質」若しくは「ほぼ純粋」を意味するものということはできない。
(3)-2 次に、本願明細書記載のインターフェロン(ヒト線維芽細胞インターフェロン)の特性(性状)についてみると、次のとおりとなっていることが認められる。
「本発明で用いる均質なヒトの線維芽細胞インターフェロンは、最後の段階の高性能液体クロマトグラフィーのカラムにおいて単一ピークとして誘導され、そして2-メルカプトエタノールの存在下でNaDodSO4ポリアクリルアミドゲルの電気泳動上に単一の狭い帯を与えた。このゲルの抽出は、タンパク質帯と一致する抗ウィルス活性をもつ単一ピークを与えた。ヒトの線維芽細胞インターフェロンについての普通の抗ウィルス検定は、いずれもこの目的に使用することができる。」(甲第2号証15頁14行~16頁3行)
「ポリアクリルアミドゲル法により決定した均質なヒトの線維芽細胞インターフェロンの分子量は、ほぼ20、500であった。この精製した物質の比活性は、ほぼ、4×108単位/mgであった。均質なヒト線維芽細胞インターフェロンの試料について得られたN-末端部分的配列はMet1-Ser-Tyr-Asn-Leu5-Leu-Gly-Phe-Leu-Gln10-Arg-Ser-Ser-Asn-Phe15-Gln-……-Gln-Lys19-……であった。」(甲第2号証16頁4~13行)
これを要約すると、本願発明のヒト線維芽細胞インターフェロンの特性は、次のようになる。
<1> 高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)のカラムにおいて、単一ピークを示す。
<2> 2ーメルカプトエタノールの存在下でのNaDodSO4ポリアクリルアミドゲルの電気泳動で、単一の狭い帯(バンド)を示す。
<3> 抗ウィルス活性を示すタンパク質の帯(バンド)と一致する単一ピークを示す。
<4> 分子量がほぼ20,500、比活性がほぼ4×108単位/mgである。
<5> N-末端部分的配列が、Met1-Ser-Tyr-Asn-Leu5-Leu-Gly-Phe-Leu-Gln10-Arg-Ser-Ser-Asn-Phe15-Gln-……-Gln-Lys19-……である。
一般に、甲第15号証(川出由己ほか編「インターフェロン研究の進歩」(昭和56年共立出版発行)の111頁右欄5~13行及び同頁右欄下から8行~112頁右欄4行の記載によれば、上記<1>における「単一ピーク」、<2>における「単一の狭い帯(バンド)」及び<3>における「一致する単一ピーク」とは、インターフェロンが相当程度に精製され純粋化されていることを意味するものと認められる。これによれば、当該ピーク、狭い帯(バンド)の態様に基づく限り、本願明細書ヒト線維芽細胞インターフェロンは、精製度若しくは純度が高いものということがてきる。
しかしながら他方、上記<5>におけるアミノ酸配列は部分的なものにとどまるから、この点で本願発明のヒト線維芽細胞インターフェロンは極限値に近い程度にまで純度が高いものということができず、したがって、本願明細書記載のヒト線維芽細胞インターフェロンは、「均質」若しくは「ほぼ純粋な」状態に、必ずしも至っているものではないと認めるのが相当である。
そうすると、上記<4>における、指標としての「比活性4×108単位/mg」は、本願明細書記載のヒト線維芽細胞インターフェロンが、当該比活性値を呈する所要の精製度若しくは純度にまで精製されていることを意味する以上のものであるとは認められず、「均質」若しくは「ほぼ純粋」を当然に意味するものと認めることはできない。
(4) 以上のとおりであり、発明の詳細な説明の記載を参酌しても、本願発明のインターフェロンは、「均質なもの」若しくは「ほぼ純粋なもの」に限られ、「均質でないもの」若しくは「ほぼ純粋でないもの」が排除されているものであると解することはできず、本願発明のヒト線維芽細胞インターフェロンは、要件(a)及び要件(b)によってのみ、その技術的概念が、必要かつ十分に規定されているものというべきである。「本願発明のインターフェロンは、夾雑物を含まないほぼ純粋でかつ均質なヒト線維芽細胞インターフェロンである」とする原告の主張は理由がない。したがって、「先願明細書において、比活性:4×108単位/mgを有し、かつ、均質なヒト線維芽細胞インターフェロンは得られていない」とする原告の主張について検討するまでもなく、取消事由2は理由がない。
4 取消事由1(非経口投与医薬組成物)についての判断
4-1 先願明細書には、インターフェロン全般の用途と精製について、次のように記載されている(甲第4号証)。
用途について、「このため、インターフェロンは、ウィルス性疾患例えばB型肝炎、ヘルペス、インフルエンザ等の治療薬または予防薬として、さらに骨肉腫、白血病その他の抗ガン剤としても期待されている。」(3頁4~8行)との記載。
精製について、「このようにして得られる粗インターフェロンは、一般的に低濃度〔数千~数万IU(国際標準単位)/ml」であり、インターフェロンの他に細胞由来、培養液由来または添加物由来の多くの夾雑物を含んでいるので、実用に供するにはインターフェロンを濃縮精製する必要がある。」(5頁3~8行)との記載。
上記記載によれば、インターフェロンは、各種の医薬用途に用いられるものであるところ、産生されたままのインターフェロンは、通常、多くの夾雑蛋白質を含むから、実際の医薬用途に供するため、産生後、所定の純度まで濃縮精製されるものということができる。
先願明細書には、実施例2の結果のものとして、「この溶液中のインターフェロン比活性は4×108U/mg-蛋白質以上で、出発粗F-IFから1,600倍精製された。またインターフェロン活性は160倍濃縮された。」(甲第4号証20頁6行~10行)と記載されているが、上記の先願明細書の記載によれば、実施例2で得た比活性4×108U/mg蛋白質以上の精製ヒトセンイ芽細胞インターフェロン(前記審決の理由の要点3-2参照)が、何らかの医薬組成物の活性成分に用いられるものであることが明らかである。そして、インターフェロンが糖蛋白質の一種であることに基づけば、インターフェロンを活性成分とする医薬組成物は、消化器系中で蛋白質分解を受けるような経口投与ではなく、むしろ、病変部に直接作用する非経口投与の形態で、生体内に投与されるべきものであるということができる。
4-2 とこるが、先願明細書に、所要量の先願明細書記載実施例2のインターフェロンを活性成分とする非経口投与医薬組成物は記載されていないので、以下、先願発明の出願当時(1978年11月7日。甲第4号証)のヒト線維芽細胞インターフェロンに係る技術常識及び技術水準に照らし、先願発明のインターフェロンが[非経口投与医薬組成物」であることが、先願明細書に記載されているに等しいか否かについて検討する。
(1) 乙第4号証(日本臨牀43巻・春期臨時増刊号(1985))229頁の「表2 ウィルス性疾患に対するインターフェロンの予防効果」には、各種インターフェロン(サルIFN(インターフェロン)、Hu IFN-α(α型ヒトインターフェロン)、Hu IFN-β(β型ヒトインターフェロン)等)に係るウィルス性疾患に対する予防実験結果が掲載され、表2中のヒト線維芽細胞インターフェロン(Hu IFN-αとHu IFN-β)に係る予防実験結果の記載によれば、先願発明の出願前(1978年より前)、既に、ヒト線維芽細胞インターフェロンについて、ウィルス性疾患に対する医薬としての有効性が確認されていたことが認められる。
特に、乙第4号証の表2中のKishidaらの結果(1970年)の欄において、Kishidaらは、1970年に、Hu IFN-β(本願のインターフェロン及び先願発明の実施例2におけるインターフェロンと同種のもの)が、上気道感染症の医薬として有効に作用することを見いだしたことが記載されていることが認められる。
上記乙第4号証の表2中には、各予防実験におけるインターフェロンの投与形態は記載されていないが、乙第4号証の「IFNの全身投与としては静脈内注射、筋肉内注射が行われ、局所投与としては病巣内投与、点眼、点鼻、鼻咽喉への噴霧、動脈局所灌流、髄液腔内投与などがある。」(228頁左欄24~27行)との記載、及び、「IFNが最初に臨床応用されたのは、1962年Scientific Committee on Interferonが中心となって行った痘苗に対する予防実験であった。その結果、少量のIFN(……)の局所投与でウィルス感染症の予防が可能であることが証明され、IFNの臨床応用に光明をもたらした。」(228頁右欄下から6行~229頁左欄1行)との記載によれば、1962年の最初の臨床応用以来、動物実験、予防実験、臨床試験等において、各種の非経口投与が試行されてきたことが認められるから、上記表2掲載の予防実験においても、所要量のインターフェロンが、適宜の非経口投与手法により、生体に投与されていることものと認めることができる。
してみれば、ヒト線維芽細胞インターフェロンは、先願発明の出願前(1978年より前)から、非経口投与医薬組成物の活性成分として位置づけられ、その薬理効果が、種々の投与量と投与法の組合せの下で、試験研究されているものであるということができる。
(2) また、乙第5号証(The Lancet・Saturday 25 September,1976)には、Administration of human fibroblast interferon in chronic hepatitis B infectionなるチーム(J.Desmyterら9名)のヒト線維芽細胞インターフェロンによるB型肝炎の治験例として次のように記載されている。
「1人の慢性的にHBsAg陽性のB型肝炎患者と、2匹のHBsAgのキャリアーチンパンジーに対して、1回に107IUのヒト線維芽細胞インターフェロンを7回2週間以上与えた。治療後に観察される主要な変化は、肝臓中の核キャプシドB型肝炎の核抗原量の低下であり、これは、B型肝炎ウィルス感染症はインターフェロンに対して感受性が高いことを示すものである。わずかな発熱作用を除けば、……副作用はなかった。」(1頁左欄「Summary」の項)
この記載によれば、先願発明の出願前である1976年、B型肝炎患者と、B型肝炎感染チンパンジーに対し、107IUのヒト線維芽細胞インターフェロンを含む注射剤10mlを、2週間以上にわたり、7回投与する治験を行い、当該インターフェロンの投与は、わずかな発熱を除き副作用がなく、B型肝炎ウィルス感染症に対し有効であることを確認したことが認められ、ヒト線維芽細胞インターフェロンは、先願発明の出願前、既に、非経口投与の典型例である注射剤として製剤化され、ウィルス性疾患の医薬としての有効性が確認されているものということができる。
4-3 したがって、先願発明の出願当時、ヒト線維芽細胞インターフェロンを非経口投与薬剤に製剤化し、生体に投与することは技術常識であり、かつ、それに係る治験、臨床技術は、適宜、薬剤の投与量と投与法を調整し、所望の薬理効果を得ることができる水準に達していたものということができる。
4-4 審決が周知例として挙げるGut,1978,19.p91-94(甲第6号証)には、「ヒト線維芽細胞インターフェロンによるHBsAg-陽性慢性活動性肝炎の治療」と題する論文(1977年9月2日原稿受理。91頁左欄下の「Received for publication 2 September 1977」の記載参照)が掲載されているが、当該論文においては、前記乙第5号証記載の治験例が、先行治験例の一つとして認識されているとともに(注)、治験結果の一部が、次のように記載されている。
「1976年12月8日、両方の患者はインターフェロン治療に入り、……、肝臓腫大を有していた。0.1mlの……試験投与に対して、いずれも反応しなかった。その後に、第一の患者は1mlの107U HFIFを、日毎に上腕部を交替して14日間皮下的に投与を受け、ml当り10単位の血漿濃度が達成された。」(92頁左欄下から7行~右欄2行)
(注) 甲第6号証91頁左欄5~12行「Two recent reports……by the administration of human interferon. Greenberg et al.(1976)treated four HBsAg-positive chronic active hepatitis patients with human leucocyte interferon and Desmyter et al.(1976) used human fibroblast interferon to treat another patient.」における「Desmyter et al.(1976)」が、93頁右欄「References」にある「Desmyter,J.,……(1976).Administration of human fibroblast interferon in chronic hepatitis B infection.Lancet,2,645-647.」であり、この文献が乙第5号証である。)
上記記載によれば、先願発明の出願前、所要の比活性値を有するヒト線維芽細胞インターフェロンを、B型肝炎用の皮下投与薬剤(注射剤)に製剤化し、適宜の量、慢性肝炎患者に投与していたことが明らかである。
そして、この治験例と、これに先立つ前記乙第5号証記載の治験例を併せ考えれば、所要の比活性値を有するヒト線維芽細胞インターフェロンは、先願発明の出願前から注射剤(非経口投与薬剤)に製剤化され、ウィルス性疾患の医薬としての有効性を確認する治験に供されていたということができる。
4-5 また、審決が周知例として挙げるCancer Treatment Reports Vol.62,No.11,November 1978(甲第5号証)には、「ヒト腫瘍におけるヒト線維芽細胞インターフェロン:臨床と実験室的研究」と題する論文(原稿受理日は記載されていない。)において、臨床試験の一部が、次のように記載されている。
「最後に、臨床において高度に精製されたHFIF(5×105RU/日)を、悪性黒色腫の2人の患者の皮膚又は皮下的転移病変部位に直接注射した。同じpH、浸透圧、及びヒト血清アルブミン成分を含むが、HFIFを含まない担体対照物を、同様な大きさの別の病変部に注射した。」(1902頁右欄18~24行)
この記載によれば、臨床試験において、高度に精製し、所要の比活性値を有するヒト線維芽細胞インターフェロンの注射剤(非経口投与薬剤)を、悪性黒色腫を有する患者に投与したことが認められる。
乙第6号証(日本製薬工業協会「製薬産業の手引き1995~1996」)によれば、新薬の臨床試験においては、動物を用いて実施する前臨床試験に続き、少数の健康人に投与して安全性(投与量と副作用の関係)を確認する第一相試験(フェーズ(Phase)Ⅰ)、少数の患者に投与して安全性と有効性を確認する第二相試験(フェーズⅡ)、及び、多数の患者に投与して有効性を確認する第三相試験(フェーズⅢ)を、順次、実施することが認められ、このことは日本に限らず一般に行われるものと推認されるところ、上記臨床試験は第二相試験(フェーズⅡ)に該当するということができるから、上記臨床試験の実施の前において、前臨床試験及び第一相試験(フェーズⅠ)が実施済みであることは明らかである。
してみれば、所要の比活性値を有するヒト線維芽細胞インターフェロンは、先願発明の出願前から、注射剤(非経口投与薬剤)に製剤化され、悪性黒色腫に対する医薬としての有効性を確認する治験に供されていたということができる。
4-6 以上のとおり、先願発明の出願当時(1978年)、ヒト線維芽細胞インターフェロンを注射剤(非経口投与薬剤)に製剤化し、生体に投与することは技術常識に属し、かつ、それに係る治験、臨床技術は、適宜、注射剤の投与量と投与法を調整し、所望の薬理効果を得ることができる水準に達していたものというべきである。したがって、先願発明の出願当時、ヒト線維芽細胞インターフェロンを注射剤に製剤化することは技術常識ということができるから、「先願の出願当時において、ヒト線維芽細胞インターフェロンの注射薬が周知である」とした審決の認定に誤りはない。
また、以上のように、先願発明の出願当時、ヒト線維芽細胞インターフェロンを非経口投与薬剤に製剤化し、その有効性を確認する治験、臨床技術が、適宜、薬剤の投与量と投与法を調整し、所望の薬理効果を得ることができる水準に達していたものであるから、先願明細書には、所要量の先願明細書記載実施例2のインターフェロンを活性成分とし、ウィルス性疾患の医薬として有効に作用する非経口投与医薬組成物が、実質的に記載されていると解するのが相当である。
4-7 そして、乙第2号証(「製剤学」1974年9月発行)及び乙第3号証(「第九改正日本薬局方解説書」昭和51年(1976年)7月発行)によれば、非経口投与医薬組成物の典型的な注射剤が、活性成分と、その他、溶剤・安定剤・溶解補助剤等の非経口投与用担体物質から成るものであることは技術常識であるものと認められるので、先願明細書には、所要量の先願明細書記載実施例2のインターフェロンと慣用の非経口投与用担体物質から成り、ウィルス性疾患の医薬として有効に作用する非経口投与医薬組成物が、実質的に記載されていると認めることができる。「注射薬には非経口用担体物質を含有することは明らかである」との審決認定部分については、原告も認めているところである。
したがって、「ヒト線維芽細胞インターフェロンと慣用の医薬として使用できる非経口投与用担体物質とから成るウィルス及び新生物疾患の処置のための非経口投与医薬組成物は開示されているものと認められる」とした審決の認定に誤りはなく、取消事由1も理由がない。
第5 結論
原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、原告の本訴請求は理由がない。訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(平成11年1月14日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)